近年、児童虐待事件の報道が多い、というより目立つ。
誤解を恐れずにいえば、少々の乱暴な躾けは昭和の時代ではよくあった光景。
もちろん、死に至らせるのは言語道断。
叱られると、寒い家の外に放り出される、押し入れに放り込まれる、など当たり前だった。
誤解を恐れずにいえば、少々の乱暴な躾けは昭和の時代ではよくあった光景。
もちろん、死に至らせるのは言語道断。
叱られると、寒い家の外に放り出される、押し入れに放り込まれる、など当たり前だった。

外に放り出されると、近所のオッチャン、オバチャンが助けてくれる。
今思えば、そんなことは織り込み済みだったのだろう。
近所には世話好き、お節介焼きのじいさんばあさんおっちゃんおばちゃんにいちゃんねえちゃんがワンサカいた。
今では朝、車で通りががかると、通勤通学で走る人や子がおれば「乗したろか」と思うが家人は「やめとき!怪しい人に見られる」と言われる。
旧友らのFBで見かけたやり取りで想い出した。
「お前は橋の下で拾われた子や」
「どうせ、俺は橋の下で拾われたんや」
昔は親子喧嘩で飛び出たフレーズだった。
私は大阪生まれだが、全国的にどうだったのだろうか。
「はよ、帰っといで、コトリにさらわれるで!」
どんな怖い鳥か?と幼心に怖れたものだ。
梅田や難波の街を歩くと、まだ、傷痍軍人がゴザや作り付けの小さな山車の上に座って物乞いをしていた時代。
今思えば、そんなことは織り込み済みだったのだろう。
近所には世話好き、お節介焼きのじいさんばあさんおっちゃんおばちゃんにいちゃんねえちゃんがワンサカいた。
今では朝、車で通りががかると、通勤通学で走る人や子がおれば「乗したろか」と思うが家人は「やめとき!怪しい人に見られる」と言われる。
旧友らのFBで見かけたやり取りで想い出した。
「お前は橋の下で拾われた子や」
「どうせ、俺は橋の下で拾われたんや」
昔は親子喧嘩で飛び出たフレーズだった。
私は大阪生まれだが、全国的にどうだったのだろうか。
「はよ、帰っといで、コトリにさらわれるで!」
どんな怖い鳥か?と幼心に怖れたものだ。
梅田や難波の街を歩くと、まだ、傷痍軍人がゴザや作り付けの小さな山車の上に座って物乞いをしていた時代。

戦争を知らない子だった団塊世代が、まだ戦後の匂いかぎ取っていた子供たちだった。
戦後はもう75年。
歌は世につれ世は歌につれ、だが、言葉もそうだ。
今では通じない言葉が昭和と平成の人の間に横たわる。
昭和のスタイル、言葉だけで芸に成る時代。
大きな携帯電話を持って笑わせる平野ノラのような芸人も出てくる。
ちと、思いつくまま昭和あるある言葉を列記してみる。
「衣紋かけ」「オシメ」「半ドン」「とっくり」「チョッキ」「チャンネルまわして」「ズボン」「チリ紙」「鼻紙」「寝巻き」「スッチー」「前掛け」
動作言葉では「ズコッ」「ドテッ」「ビローーン」「よっこいしょういち」「これにてドロン」
うーん、もっと、もっとあるけれど、思いつかない。
あれば教えてチョーーーダイ!
きょうはこのぐらいにしといたろか。
※令和の今では、どういうか?答えと思い出した言葉の追加は後日。
チャンチャン。
戦後はもう75年。
歌は世につれ世は歌につれ、だが、言葉もそうだ。
今では通じない言葉が昭和と平成の人の間に横たわる。
昭和のスタイル、言葉だけで芸に成る時代。
大きな携帯電話を持って笑わせる平野ノラのような芸人も出てくる。
ちと、思いつくまま昭和あるある言葉を列記してみる。
「衣紋かけ」「オシメ」「半ドン」「とっくり」「チョッキ」「チャンネルまわして」「ズボン」「チリ紙」「鼻紙」「寝巻き」「スッチー」「前掛け」
動作言葉では「ズコッ」「ドテッ」「ビローーン」「よっこいしょういち」「これにてドロン」
うーん、もっと、もっとあるけれど、思いつかない。
あれば教えてチョーーーダイ!
きょうはこのぐらいにしといたろか。
※令和の今では、どういうか?答えと思い出した言葉の追加は後日。
チャンチャン。